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黒柳徹子の結婚:若い頃 外国人の恋人と40年!結婚しない理由は死別か [芸能・女優]

自身のインスタグラムで車椅子姿を見せた黒柳徹子さん。彼女の結婚にまつわる都市伝説には、「黒柳徹子さんには結婚相手がいるのか、結婚歴は、結婚しない理由は、結婚未遂事件とは、若い頃はめちゃめちゃ美人でモテないはずはないが・・・」などなど。御年84歳の黒柳徹子さんがなぜこれほどまでに結婚にこだわらないのか、そうではない。実は、過去に40年御付き合いした外国人(偉大なピアニスト、アレクシス・ワイセンベルク氏か?)との死別によって、結婚できなかったのだと言う。


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黒柳徹子のプロフィール


スクリーンショット 2017-09-28 15.25.45.png
(出典元:インスタグラム

トットちゃんの愛称で知られる黒柳徹子さん。
1933年8月9日、現・東京都港区乃木坂で生まれた84歳。
テレビ朝日『徹子の部屋』の司会や、戦後最大のベストセラーとなっている『窓ぎわのトットちゃん』の著者として知られ、現在は、日本の女優、タレント、声優、司会者、エッセイスト、ユニセフ親善大使、平和運動家など幅広く活動。さらに、「日本パンダ保護協会」の名誉会長を務めるなど大のパンダ好きとしても知られている。

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(参考元:ウィキペディア

実は、最近車椅子生活を送っているという。
詳しくはこちらの記事でも書いています。

黒柳徹子が骨折:病気の原因や容態は?舌が黒いのは癌?

車椅子になった原因は、歳のせい?御年84歳の黒柳徹子さんは、実は未だに結婚をしていない。なぜこれほどまでに結婚にこだわらないのか。いや、そうではない。実は、過去に40年御付き合いした外国人(偉大なピアニスト、アレクシス・ワイセンベルク氏か?)との死別によって、結婚できなかったのだと言う。

詳しく見ていきたい。


黒柳徹子の結婚:若い頃はモテた?ハーフ顔だけど家族は全員日本人!



黒柳徹子さんは、もうみなさんご存知のように若い頃は超のつく”べっぴんさん”

<30代なかばの黒柳徹子さん>




<38歳の黒柳徹子さん>

この写真は、私がニューヨークに、住んでた38歳の時のもの[黒ハート] この頃は、こういうファッションが流行ってたんだけど、今、見るとかなりの露出ね! ニューヨークに行くのを決めたのは、30代半ばくらい。 私は、実家で暮らして、実家から仕事場に通っていた。それまで、家事を、一切したことがなかった。 「私、このままの状態で、芸能界の仕事をし続けたら、何んにも、知らない大人になっちゃうなぁ!」と考えてた。 日本でも、文学座で2年、演劇の勉強はしてました。 舞台の仕事を、たくさんするようになったら、「やっぱり、本場、アメリカのブロードウェイで、演劇の勉強をしたい!」と思った。 2?3年かけて、仕事もコマーシャルも全部やめて、ニューヨークに渡った。 一人暮らしの、何もかもが、始めての経験で、毎日が楽しかった[黒ハート] この写真は、演劇学校の同級生に、自分のアパートでランチをご馳走して、お皿を洗ってるところです。

Tetsuko Kuroyanagiさん(@tetsukokuroyanagi)がシェアした投稿 -




一瞬、ハーフ?と見間違えるほどだが、父母ともに、日本人。父親は、黒柳守綱さん(くろやなぎもりつな・ヴァイオリン奏者)・母親は、黒柳 朝(くろやなぎ ちょう・随筆家)。ちなみに、妹は、柳眞理(くろやなぎ まり・元バレリーナ、エッセイスト、美容家)弟は、黒柳 紀明(くろやなぎ のりあき・父と同じくヴァイオリン奏者)と有名人家族なんだそう。

ここまで、美人であれば、恋人の一人や二人いてもおかしくはない。
実際に、恋人はいたとか。

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黒柳徹子の結婚:若い頃 外国人の恋人と40年!お相手は?



実は、つい先日9月27日放送の『一周回って知らない話』(日本テレビ)に、黒柳徹子さんが出演。
これまでに結婚をしなかった理由を明かした。その内容によれば、本人いわく、これまでに

「良い恋愛をしてきました」

「22~23歳ぐらいの時は、何回もお見合いの話もあったし、好きな人もいました」

「30歳ぐらいの間にいろいろあった」

(引用元:インフォシーク
と恋多き女性であったことを自ら告白。最初に結婚を考えたのは、20代前半。
当時、NHKの専属女優としてカツヤクしていた黒柳徹子さんは、相手の男性から、
「結婚してもいいけど、結婚ってそんな面白いものじゃないよ。おみおつけ(お味噌汁)を作ったり、親戚のお葬式行ったり、税金払ったり…。そんなことより、君がどういう人間か調べるために勉強して、仕事した方がいいんじゃない?」

と言われ、そのまま引き下がった。その後、外国人の男性と、1年に1、2度会えるかどうかといった遠距離恋愛を40年も続けていたという。なぜ遠距離なのかというと、
「どこに住む(かを決める)っていうのも大変じゃありませんか。私が仕事を辞めればよかったんですけど、辞めようと思わなかったので、そのまま離れ離れでやってみよう」

(引用元:夕刊フジ)と、当時は恋愛よりは仕事を優先した結果ということか。おそらく結婚相手にふさわしい方だったはず。しかし、その方がなくなってしまいタイミングを逃してしまったのだろう。

噂では、その外国人の男性とは、偉大なピアニスト、アレクシス・ワイセンベルク氏ではないかと憶測されている。一体、誰なのか。

黒柳徹子の結婚:若い頃 外国人の恋人と40年!結婚しない理由は死別か





本名:アレクシス・ジギスムント・ワイセンベルク氏(1929年7月26日 - 2012年1月8日)は、ブルガリアのソフィア出身のピアニスト。現代の音楽界で巨匠と称される音楽家のひとり。

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(出典元:http://fuhou-shinbun.com/goner/okuyami5825.html
幼い頃から作曲家のウラディゲロフに作曲とピアノを学び、14歳でピアニストとしてデビューした。1946年にニューヨークのジュリアード音楽院に入学。卒業した時には、ワイセンベルクは各国から招かれたほどの有名な学生になっていた。1947年にレヴェントリット国際音楽コンクールで優勝するなどその功績は輝かしい。しかし、1956年から約10年間、自分の音楽を鍛えなおすために、演奏活動から身を引く。その後、1967年に活動を再開。コンサート、レコーディングを精力的に行い、一流ピアニストとしての地位を不動なものにした。

と、音楽家として活動していた時、1969年の初来日以来9回目の訪日。『徹子の部屋』と
NHKの「音楽の広場」と言う番組で黒柳徹子、芥川也寸志司会で、彼がゲストに迎えられたことがあった。
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(出典元:http://blog.goo.ne.jp/hirochan1990/e/3ae62ffe7bf325ec5cff7abc2dd9dad8
その時、肌を寄せ合う姿から恋人?と噂になったようだが、その真相は本人の口からは語られていない。

しかし、この時からお付き合いをしているとなると、ちょうど40年、
2012年に彼がなくなって死別したというには、タイミングが合致する。

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